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林農園

台湾烏龍茶の生産者

くちなしの花のような香りと、美しい黄金色の台湾烏龍茶を届けてくれるのは、烏龍茶作り名人の林(リン)さん親子。子孫の代まで立派な土地を残すべきと、有機栽培に取り組み、一切の妥協のない名人技と努力で、香り高い烏龍茶を作っています。


台湾の烏龍茶作り名人 林さん親子

林農園の茶畑の様子

果樹農家に生まれた林文経(リン ウェンチン)さんは、31歳のときに桃園県で茶栽培を始めました。

お茶農家としては遅いスタートでしたが、研究熱心ゆえにめきめきと腕を上げ、県や台湾全省の品評会で賞を独占し、1989年には台湾の「十大傑出専業農民(※1)」に選ばれました。

従来自家製堆肥の使用など自然な農法を実践していましたが、台湾政府から東京農業大学に派遣された時に、「農薬や化学肥料を使うと土地が傷み、やがて土地の益を使い果たしてしまう。農業をやるなら子孫の代まで立派な土地を残すべき」と聞いて、さらに自分の農法を確信し、同時に有機栽培の理論も学びました。現在も農薬や化学肥料に頼らない農法に取組んでいます。

「いのちが一番大事」が口ぐせの林文経さんと息子の和春(ホウチュン)さん親子が精魂込めて育てた茶葉は、親子の卓越した技術で、一昼夜かけて香り高い烏龍茶に変わります。

(※1)十大傑出専業農民とは、茶農家に限らず幅広い農業ジャンルから選出されます。 2年に1度、地方から推薦された農業者を、国の農業機関が審査し10人の専業農民を選びます。

お茶作りに妥協なし!
名人技と努力によって作られる素晴らしい烏龍茶

バリカンで収穫する様子(左から奥さんの青さん、息子の和春さん、文経さん)

林(リン)農園の茶畑は、朝夕によく霧がかかる山間にあります。霧は茶葉に水分を行き渡らせるので、昔から「霧が出るところには良いお茶が育つ」と言われています。

林農園には、他の農園にあるような水を供給する灌漑設備はありません。一般的に茶樹は、植えて3年くらいで収穫を始めますが、林農園では5年ほど待って根を深く地中に張らせます。

そうすることで、化学肥料で補わなくても自分で水分や栄養を取りにいけるような丈夫で強い茶樹に育ちます。丈夫に育った茶樹は、病虫害が発生しても被害が広がらないため農薬の必要がなく、干ばつがあっても耐えることができるそうです。

お茶の栽培から加工までを家族で手がけている林農園では、収穫期になると、何をおいてもお茶優先の生活になります。

他の農家では涼しい朝方に収穫を終えてしまうことが多いですが、林農園では日の昇りきった昼間の暑い時間にこの過酷な作業を行います。朝は露などで茶葉の水分が多いため、その後うまく発酵しないおそれがあるからです。

収穫の始めと終わりで茶葉の発酵具合になるべく差が生じないように、バリカンや機械で手早く摘んだ茶葉を綿の袋にふんわりと詰め、トラックに積み込みます。

釜炒りをする文経さん

自宅兼工場に着くと、屋外に茶葉を丁寧に広げてしおれさせ(日光萎凋)、次に室内に運んで、さらに発酵を促します(室内萎凋)。熊手のような道具で、時々やさしく茶葉の上下を入れ替えます。

その後、竹で編まれた大きな筒に茶葉を詰めて、ゆっくりと筒を回し、茶葉を擦り合わせて、葉の表面に傷をつけ発酵を促します。

この後、注意深く茶葉の様子を確認しながら、100枚以上(!)の竹ざるに手作業でそっと茶葉を移します。すべての茶葉が竹ざるに乗ると、むせ返るような花の香りが漂い始めます。

夕食も早々に夜8時を過ぎた頃、当日の天気や湿度、温度や茶葉の様子によって、「ここだ!」というタイミングを見極めたら、釜炒りを始めます。

このタイミングが烏龍茶の香りを決める重要なポイントとなるため家族全員に緊張が走ります。

布に包まれた茶葉を揉捻する文経さん

釜炒りを終えると、文経さんは休み、夜中の2時ごろ息子の和春さんが茶葉を乾燥機に移してようやく一区切り。

朝5時くらいになると文経さんが起き出し、茶葉を乾燥機から取り出して揉捻(ジュウネン:揉むこと)・玉解(ギョッカイ:ほぐすこと)作業を始めます。

1メートル四方ほどの布に茶葉を包み、渾身の力を込めて限界まで固く固く布を縛り上げます。このボール状となった茶葉をまた別の機械に入れて、ゴロゴロと揉みます。その後布を広げ、茶葉を釜に移し、回転させながらほぐします。ほぐした茶葉を再び布で包み、縛りあげてゴロゴロと揉みます。

このゴロゴロ揉む繰り返しの揉捻作業は、おいしい烏龍茶のために繰り返し続けられる気の遠くなるような重労働です。この作業を繰り返すと、茶葉の1枚1枚がよれてまとまってきます。

ここでしっかりと揉捻することで、その後お湯を注いだときに、烏龍茶の香りと味が存分に引き出され、何煎も楽しめるお茶になります。

揉捻後に再度乾燥させ、茶葉は摘み取りから丸1日を経て、味・香りとも秀逸な烏龍茶に変わります。出荷前にさらに焙煎して味・香りを調え、品質を安定させます。

2代目 林和春さん

文経さんの息子 和春さん

林家の末っ子の和春(ホウチュン)さんは、子どもの頃は農園を継ぐつもりはありませんでした。

昼間は外で農作業、夜から明け方まで徹夜で仕事をする父・文経さんの姿を見てきて、こんなキツイ仕事は絶対やりたくないと、大学卒業後は会社勤めをしていましたが、文経さんが高齢になっても1人で茶作りに情熱を傾ける背中を見て、「正直な食べ物を作る」尊い仕事が無くならないように、後を継ぐ決心をしました。

会社の休日に手伝うことから始めて、最初の頃は「お茶の気持ちがわかるまで、茶葉に触ってはいけない!」と文経さんから言われ、お茶を作らせてもらえませんでした。

雑用をしながら文経さんの茶作りの技を見て覚え、茶畑にたたずんで茶木の気持ちを考え続けました。慣れない農作業に体は悲鳴を上げ、朝ベットから起き上がれないこともありました。そうするうちに、常に茶木の状態が気になるようになり、お茶と「恋愛と同じ」ような気持ちで接するようになりました。

普段の文経さんは、茶作りの教えを請う人たちに、親切に惜しげもなくお茶作りを教えます。ですが息子の和春さんにはとても厳しく、やり方を教えてくれたことはありません。

和春さんが茶園を手伝って3年ほどたったある日、文経さんが攪拌(カクハン:混ぜること)をしているところに、和春さんがおそるおそる手を出してみました。始めは「違う!」と怒られましたが、続けるうちにだんだん怒られなくなり、また違う作業にも手を出して…と続けるうちに茶作りを許されるようになりました。

それでも3度同じ事を聞いたら怒鳴られ、「黙って目を閉じてお茶の気持ちを考えろ」と言われます。文経さんは和春さんの自主性を重んじ、自分から茶作りに手を出すのをじっと待っていたのかもしれません。

和春さんの新たな取組み

和春さんの「十大傑出専業農民」表彰式

2005年には、台湾桃園県で開かれたお茶の品評会で、和春さんの作ったお茶が特頭賞を受賞しました。

特頭賞は全体で1品だけ選ばれる特別な賞で、茶作り名人と名高い父・文経さんでも何度も取れる賞ではありません。それだけに和春さんの特頭賞に林一家は大変喜び、親族や関係者を集めた受賞パーティーも開きました。

とはいえ、和春さんは謙虚。「受賞はお父さんの指導があってのこと。受賞の喜びより、これから先の品質の方が正直心配です。毎年気候も変わるので…。今後もお客様の気持ちを裏切らないように努力します。」と言います。

そして2017年には、1989年に受賞した父・文経さんに続き「十大傑出専業農民」を受賞しました。この栄誉ある賞は、優れた実績を上げた偉大な農業者に与えられる台湾の賞で、茶農家に限らず幅広い農業ジャンルから選出されます。

作り手の経験と技が品質を大きく左右する烏龍茶作りでは、品質を守ったまま機械化するのが難しく、優れた茶師でもある父・文経さんからも「実現できない夢」と言われていました。

しかし、和春さんは土地の力を守り、品質を維持しながら茶木栽培・収穫の一部機械化に成功しました。ノウハウを広げるため、機械を共同使用するサービス事業も始めています。

このような農業の人手不足、後継者難という問題に新たな道を切り開いている取組みが高く評価されて、受賞にいたりました。