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銃を鍬に!プロジェクト 南アフリカでも始動

月刊Press Alternative1997年5月号
スタッフ物語より抜粋

市民の知恵と工夫、信念で銃のない社会づくりを世界に広げる。
97年2月末より3月末まで1ケ月間、「銃を鍬に!プロジェクト」の関係でモザンビーク、南アフリカを訪れてきました。各国でのプロジェクトの状況をお伝えしたいと思います。

■モザンビーク 銃の回収は世界の希望

私自身にとっては、3度目のモザンビーク訪問となりました。これまで「銃を鍬に!プロジェクト」を共に進めてきたパートナーの一人、ネヴェッシュさんと再会しました。
彼はFDC(地域開発財団)のボードメンバーとして同プロジェクトを推進しながら、2年前に仲間と共に銀行を設立しました。ゼロから始めましたが、国内第2位に急成長していました。「政治状況も安定し、様々な投資が行われ、いい状況に向かいつつある」と自国の状況を穏やかな笑顔で説明してくれました。農業プロジェクトの実施のため、マプト近郊の農村にも入りましたが、都市と比べれば経済的格差は歴然であるものの、内戦で失ったものを取り戻そうと生活の復興に頑張っている様子も伺えました。
国が活気づきつつあることを実感しました。

「銃を鍬に!プロジェクト」にこれまで携わってきて今回初めて、回収された銃をストックしている倉庫、銃のカット現場を見ました。また生まれて始めて銃を見ました。カットされ山積みとなっている銃を見ながら、こうした銃によって多くの殺し合いが続けられてきた不幸、そして銃がまだ世界には沢山散らばっていることに空恐ろしさを感じました。

「銃はまだまだ沢山あります。初期の頃に回収された銃は、使えないものばかりでしたが、最近はそのまま使える銃も回収されています」とネベッシュさんは不安を隠しません。「先週も50丁の銃が持ち込まれるなど、銃はまだまだ至る所に溢れています。自転車など交換物資の不足から回収が思うように進みません。また私たちが回収を実施しているのはマプトだけで、各州からも実施してほしいという要請が届います」と、銃の回収を担っているCCM(モザンビークキリスト教徒協議会)の「銃を鍬に!プロジェクト」責任者のセンゲレーデ司教は、平和を取り戻しつつあるかのように見える自国に、厳しい目を光らせています。
フェアトレード南アフリカ
今回、第3世界ショップふくいの辻きぬさん、農業専門家の今村さんらと共に現地を訪れました。93年にPAがモザンビークから音楽グループを招いた際、2週間福井で受け入れ交流を深めたのをきっかけに、福井市などの行政から放置自転車を提供してもらい、送料は市民側で負担しながら、モザンビークに送り出してきました。「今年2月に250台を船積みしました。ぜひまた運動に生かしてほしい」とセンゲレーデ司教に自転車の贈呈目録を手渡しました。

「福井から送り出した自転車が、モザンビークの和平に役立っていることを確認することが出来ました。そのうえ、今後もまだ必要な実状がわかったので支援を継続していきたい」と辻きぬさん。PAからは、「危険な作業なので生地のしっかりした制服がほしい」という現地側の要望を受けて、銃を鍬に!プロジェクトのシンボルマーク入りの制服を10着プレゼントしてきました。

CCMはプロテスタント系で、国内人口の4分の1が所属しています。内戦の調停をCCMがイタリア政府に依頼し、その仲介でモザンビーク政府とゲリラの停戦折衝が始まった、という経緯があるほど、CCMは影響力を持っています。CCM代表のマングレーデ司教は、「私が大学に通っていた頃、もう内戦はスタートしており、悲惨で不幸な時代が続きました。停戦後、内戦の再開や治安の悪化を止めようと考え、CCMは銃の回収運動を担ってきました。日本の皆さんからの支援に大変感謝しています。この運動は、モザンビークのためだけに必要なのではありません。世界のために必要だと思います」と力強く語ってくれました。

銃のカット現場を視察に来ていたケニヤ人で、アフリカ教会連盟の事務局長からは「素晴らしい取り組みだ。アフリカには、アンゴラのように内戦後の銃の氾濫に苦しんでいる国は多い。そういった地域でもぜひやってほしい」と強く要望されました。モザンヒークでの銃の回収事例は、銃の氾濫に悩む世界にとっての大きな希望であり、勇気づけになりつつあります。物資不足から運動がストップしかけていますが、世界の希望を消さないよう、銃を鍬に世界キャンペーンで、支援を呼びかけたいと思います。

■南アフリカ 銃社会でどのように銃を回収できるか

PAはモザンビークの隣国南アと文化交流を続けていますが、モザンビークの銃回収の事例が現地のパートナー達を刺激し、同国でもスタートさせようと準備が進められてきました。3月12日にプレトリアで、「銃を鍬に!セレモニー」が開催されました。学校や教会、黒人文化向上団体、コミュニティ団体などが参加し、南アでも銃のない社会づくりを進めていく動きが始動しました。「これまで文化交流を続けてきた子供たちが、銃声に不安を感じながら住んでいる。こうした子供たちが安心して学べる地域と社会づくりを進めてほしい。日本からも応援したい」と私はスピーチし、ピアニストの河野康弘さん、伊丹太鼓の方々が音楽を通じて、参加者ををエンカレッジ*して下さいました。
*エンカレッジ…勇気づけること

セレモニーの前後、今回の運動に参加している様々な団体と議論を重ねましたが、銃社会となってしまった国で銃を回収することの難しさを実感しました。「2年前、南ア警察や私たちが、銃の回収を呼びかけましたが、ほとんど集まりませんでした。モザンビークでの取り組みのように自転車などとの交換という手法はとらなかったのです。
銃提供者にメリットを出せませんでした。その点で、モザンビークの発想と手法は参考になります。しかし、一方で銃を自転車と交換するよりも、非合法で銃を持っていてカージャックや強盗をやったほうが、遥かにメリットがあり、手放す人は少ないでしょう。これが南アの現実なのです」と銃回収に取り組んだことのある市民団体のメンバーが語ってくれました。

ともかく銃による犯罪が多いのです。例えば、ギリシャ人男性と知り合ったのですが、その直後に黒人ループによるカージャックに遭い、生死をさまよっています。彼は自衛のため銃を持っていましたが、結局役に立ちませんでした。非合法の銃による犯罪、自衛のための銃所有が、結果として悲惨な事件を生み、憎悪と不信感を増すという構造です。

マンデラ政権がANCを支援してきた国々からの人の流入に寛大政策をとったため、その国々を経由して海外のマフィアが南アに入り込み、暗躍し、その結果銃の密輸が増大している状況です。他国への配慮が働いたこともあり、有効な政策を打てなかったのですが、ようやく重い腰をあげ、今年から取り締まりを強化しはじめた、と聞きます。

聞けば聞くほど、目眩すら覚える現状の中、どうしたら銃のない社会作りができるか、皆と議論をしました。「問題は、人々の意識の改革だ。文化交流を毎週・各地で行い、相互理解を進め、互いの不信感をなくし、徐々に意識を変えていくことだ」「すべての黒人層を対象にするのではなく、向上心をもって自立しようとしている人々をターゲットにしよう」「銃の持ち込みが許されないエリアを広げていこう。既にコミュニティ全体として取り組んでいるモデル地区がある」「人々がニーズとしているのは、教育・福祉・仕事だ。こうしたものに協力し、銃と交換していこう」「権力や政府によるプレッシャーではなく、向上心とコミュニティの向上から銃を自発的に出す状況を作ろう」と様々な意見が出ました。関係者で到達した結論は、<個人を対象とせず、コミュニティを対象とし、そのコミュニティに住む人々が必要とする仕事、教育、福祉、文化、衛生などの向上をはかり、それとの交換で銃の回収を行う>という方針でした。

今回関係ができたコミュニティのなかで6つの地区が候補としてありますが、調査やコミュニティとの議論を踏まえ、モデル地区を設定し、進めていきたいと考えています。時間と手間はかなりかかるでしょうが、銃社会となってしまった国を、銃のない社会に作り替えていくという、大きな実験です。

■市民の知恵と工夫、信念で銃のない社会づくりを世界に広げる

モザンビークで銃回収が成功したのは、何故でしょうか。南アのように銃社会にはなっていなかったという事情はあるでしょう。しかし、モザンビークでも事が簡単に進んだわけでは決してありません。国連から銃回収がストップさせられたり、政府や警察と粘り強く交渉を続けなど、3年ごしに準備を進め、ようやく1995年暮れに銃回収をスタートさせることが出来ました。FDCやCCMといった市民組織の信念と粘り強さ、知恵と工夫、そしてPAの継続的支援とエンカレッジがあってこそ、実現できたのでしょう。モザンビークの事例に刺激を受け、南アでもともかくやろうと動いた人々が大勢いたことを嬉しく思います。こうした人々と、知恵と工夫で南アでもぜひ実現させたいと思います。そして、こうした動きが他国へも伝播してくことを願ってやみません。

同時に、PAがモザンビークでやったように、コミットし、エンカレッジし、サポートする、こうした協力の輪を日本に世界にもっと広げることが重要と感じます。銃のない社会づくりを世界に広げることは、日本が誇りと信念を持って、世界に貢献できることのひとつです。世界キャンペーンを通じて、各地の市民や地域、自治体と協力しながら、共にこれらの動きをコーディネートしていきたいと思います。

辻一憲
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